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若干Bi-Fのハートコア

「じゃっかん」言い過ぎて親しい人にも若干移しちゃった。

私たちは『買われた』展(神楽坂Session House)をコンテンツ消費で終わらせないために必要なこととは。

日本社会 文化 美術教育 心身の健康 教育

私たちは『買われた』展(神楽坂Session House)をコンテンツ消費で終わらせないために必要なこととは。

というわけで行ってみた時の状況をつづってみている

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「私たちは買われた」展(2016年8月11日〜8月21日・神楽坂セッションハウス)を最終日に鑑賞。会場の大きさが足りないくらいの行列で、驚いた!台風前の暑さの中、館の内と外合わせて100名くらい並んでいて、1時間1回あたりの案内は60名が限度という状況、殺伐としていた。

この展示は、Colaboという一般社団法人によって生活困窮と性被害からの保護と支援を受けた10代〜20代の女性たち15名が、Colaboにつながるまでに直面した家庭・学校での虐待、いじめ、学校・警察・児童相談所福祉からの排斥といった出来事が重なった結果として、女性たちがさせられた金銭と引き換えの性行為と、そのことに付随した犯罪被害、非行、心身と社会性への深刻なマイナス影響に対する問題提起を、あくまでもColaboという保護的なフィルターを通した形で、女性たち自身の言葉で書き表した内容になっている。

「女性限定の入場時間」で入れるか尋ねたところ、整理券が取れてまるで銭湯の女湯のような会場に滑り込み入場ができた。入場すると年代も小学生から60代まで幅広く、小さな子を連れたお母さんや制服姿の高校生の姿もあり、色々なことを思い出すような表情でエピソードの文章が書かれたパネルを読んでいた。女性入場時間というのは、同じ体験をしたことのある女性の来場者が、異性の目線やマスコミ関係者の姿などに不安を感じることなく観られるようにという心配りだったので、サバイバーのお客さんも居たのかもしれない。 あのむさ苦しさや余裕のなさこそが彼女たちの日常かもしれない。

あなたは何が「できますか?」 小学生〜中学生くらいの「人間」が虐待や性的虐待の被害に遭わないためにー。

「私にできることは、一緒に回復を繰り返し続けていくことです」

個人的にはそんな一言しか、書けなかった。

展示を見るより、アンケート用紙に書かれた4問に45分くらい考え込んでしまった。

そのうちの一問「女の子たちが虐待や売春の被害に遭わないためにあなたに何ができますか」来場された方々はどんな風に回答したのか、とても気になった。

私がこの展示を知ったのは朗読劇「Vagina monologue」(2月、東京ウィメンズプラザ)の舞台を観たときに、公演の入場料の一部を寄付する対象団体だった一般社団法人Colaboの活動”Tsubomi"の紹介があり「私たちは買われた」展示開催のための募金を知った時、駅ビルで買えるアジア製のエナメルパンプス1足分ほどの寄付を入れたのが始まりだった。無事に開催決定と聞いて、複雑な心境ながら自分自身と向き合う上でも必要な事例が出てきたなと思える機会だった。 

作品展こそ、そもそも恣意の塊なのだから、せいぜい正確な現状把握の鍛錬に徹そう

今回の場合は、あくまでもColaboという保護的な団体のフィルターを通した形で、女性たち自身が、無理を押しながら、たとえ団体側の修正があったとしても自分たちなりの言葉で書き表した内容ということになっている。

作品は、当事者の傷の記憶を可視化するというコンセプトが軸になっていて、未成年の女性の社会との関係性は貧困状態で見過ごされているが、Colaboという関係性の実存は提示されている。出口のない地獄を語るための作品の制作で、その当時のことを思い出しながら写真を自分で撮ったり、文章を書いたり、言われた暴言を思い出しながら模造紙に書きなぐるワークに取り組んだことには、非常な葛藤・苦しみ・痛みが伴ったであろうことは書くまでもないだろう。

Colaboに対しても、そこにつながった女性たちへ対しても「他人への最低限の敬意」がある見物人はどのくらいいたというのか?成長のための時間と機会と経済的な損失への、同情ではない共感が微塵でもある人の割合はどの程度なのか?と個人的には悲観的な暗澹たる心境ながらも、当日にはいつも通り今回作品を作った女性たちの追体験をさせてもらったことで、漠然とした周囲にその後片付けを求めることそのものを止めて、自分ごとに考える必要性が感じられた。

「とても憤っている」といった批判が、代表・仁藤氏の「買う大人と売る大人が居なくならなければ、売春はなくならない」という権利擁護活動のための提言に対して『少女を買う男性という分かりやすい社会悪に目を向けさせることで、本質的な問題である福祉制度の不備から目を背けさせているのではないか』

と誤解釈された上で否定的に投じられたが、仁藤氏が「買う大人と売る大人」を「男性」のみに限定はしていない事と、虐待・性的虐待や搾取被害に遭っているのは女性や女の子だけではなく、未成年の男性にも、男性にも、性的マイノリティーの間においても起きうる事態であり、弱い立場にある人間すべてにおいて起こっている事だと繰り返し述べている事は、ColaboのHPにあるメディア掲載の履歴や活動報告の記事を辿る限り明らかだ。

 今後どう変わっていくか、この活動を見守っていきたいと感じた。

 

anond.hatelabo.jp

 

Twitterでの新聞報道の拡散や、Twitterユーザーからの評判の拡散で人が来たのだと思うけども、Twitterでの拡散によって来るべきターゲティングが少し外れたのか、あえて偏見があって叩きたい人たちをターゲティングしたのかな? とは思わされた。

 

 【参考】同意できる内容のリンク先

企画展「私たちは『買われた』展」 - 女子高校生サポートセンターColabo

 

www.afpbb.com

www.asahi.com

www.japantimes.co.jp 

www.magazine9.jp

 

blog.canpan.info