若干Bi-Fのハートコア

「じゃっかん」言い過ぎて親しい人にも若干移しちゃった。

2017上半期の美術鑑賞:東京都写真美術館「平成をスクロールする」春・夏

2017上半期の美術鑑賞:東京都写真美術館「平成をスクロールする」春・夏

ひょんなことで招待券をいただき、展示の終わりと始まりの切替え時を狙いながら、集中して非常に急いで行ってきた。

東京都写真美術館「平成をスクロールする」夏『コミュニケーションと孤独』

星2つ(5点満点中)

春展は、すでに観に行かれた方がレビューを書いているので、夏の方で色々と考えたことを書いてみることにする…ガーデンプレイスがレストラン街以外リニューアル中の静かな恵比寿は和むので、散歩にとてもちょうど良い。病院が真隣で、庶民感覚で働いてるとファミマとスタバがオアシスなのも好き。散歩している犬は清潔な小型犬が多い。(上野だと大型犬が多い。)自分は2004〜2008年くらいの間に春展の出展作家の作品の影響は受けてしまっていて、多少、そう言う撮り方を真似したりはしたので、懐かしいけど意味や文脈わかってないんだろうかとか思う。他人に見せられるものでもなく、いつどこでそれらの写真を公開するかも面倒で決めてない。

それで話を戻して、ざっくりとこの夏展の「話」としてはこういうことだっけ?

「平成」期の作品の中から、撮影者と撮られる被写体、撮られた側の人間とのコミュニケーションの在り方について探りたい

→通信手段の進歩(主にインターネット)により、個人それぞれの情報の受け取り方と行動の選択の仕方、個々人の主観については昭和期とは段違いな個別化、個人主義化が招かれた

→その結果、人と人との意思疎通そのものは言語が同じ語を共有できている場合であっても難しくなり、人間関係の在り方が複雑化し、結果として、様々な問題の可視化と事件も起こった。(解決方法も高度にならざるを得なくなった。)

→探りたい「撮影者と被写体の相互の意思疎通の在り方」は平成という時代にどのように表されたか、変わったのかを示したい。

という感じだったかな。

何と対にしてその「変化」を比較したいのか?示されていない。鑑賞者の年代によって感想に違いが出るように意図したかもしれない。題名に惹かれてか、鑑賞者はそんなに若くない独身男性が多い。

平成時代の先行き不透明な不穏な空気感イメージの型をキュレイターが表したくてワザとそうしたのだろうけども、「何に対しての変化」なのかが示されない。(まさか戦後経済成長からバブル崩壊の期間と、などではないよね?)

質感が一定なのは写真だからどうしようもないが、最後に未来への示唆(微妙な、2010年くらいの浮ついた雰囲気)が示されないために、モヤモヤして観ていて分かりにくく、後味が悪い。なんで急にあのモデルを回転させて撮る作家と公園内のテントの画の流れから最後に極端な孤独死者の残骸部屋の写真を出したのか…そういう紹介の仕方をすると、余計なスティグマを生むと思うんだけど。(甘く観てやって、この作家個人で作品のストーリーをいちいち調べながら観てあげれば受け取る作者の訴えの読み取りは違って来るだろうけども。)

複数の作家をキュレーションしていて3万4000点も収蔵されてる候補があったなら、その画に頼らずに「コミュニケーションと孤独」というテーマに対する広がりも深さも出せたんじゃないのか?鑑賞者として危機感を持てよと言われている感じは同情するけども、作品を選んで出す側がもう少し忍耐力を持って欲しい、私ならもっと頑張って選ぶけど…。という感じ。

しかも作家のラインナップは、現代美術の画廊で見るような商業的な写真が好きな人には知名度が高い、定番のラインナップだった。日本にしても随分内向きで、なんだか暖簾に腕押しな内容というか。何か、ぶつかることを躊躇したのかな?

秋季の「シンクロニシティ」もまた、図録を見る限りだと勿体無い組み合わせだったけど、観てしまうかもしれない。

 

図録

東京都写真美術館

 

他リンク 

topmuseum.jp

www.cinra.net

gallerist.cocolog-nifty.com