若干Bi-Fのハートコア

「じゃっかん」言い過ぎて親しい人にも若干移しちゃった。

聴講:「Art&Gender女性アーティストは例外的存在なのか・対談」東京藝術大学 その①

聴講:「Art&Gender女性アーティストは例外的存在なのか・対談」東京藝術大学 その①

 

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女性アーティストは何に対して例外的なのか?  

美大受験生が必聴な話 だったので書き起こし

かなり回りくどかったが、話はこんな感じ、間違いあるかも。
メモ Katy Deepwell氏 n.paradoxa
女性アーティストは何に対して例外的なのか?
男性に対して?既存の女性アーティストが形成してきた規範、女性の規範、アーティストの規範に対してなのか?社会人の規範との比較に対して?

 

残る人々全体は30% 


Hans Abbing :Why Artists are poor?
アートワールドへ参加するには学歴が必然である。美術大学卒業から美術業界に残る人々全体は卒業者の30% 美術大学での学位取得(在学学生の比率は55パーセント)、賞の獲得、非正規教員、大学の教授、美術館何らかのディレクター、ビエンナーレ出場、世界的な賞の受賞などへと進むに従い当然に数が減っていくピラミッド構造がある。投資をかなりの数の学生の消費と微小な資産家、企業メセナ、税金に頼っているような世界である。

それだけで生活できない、常なるフリーター、フリーランス状態の中で働く。日本は労働人口4割がフリーター。フリーターとしての社会的役割を意識せよ。ダイバーシティ・インクルーシブは大規模な企業社会を前提とした方法論でフリーランス状態やフリーター状態の個人に適応される事が出来るのは例外的である。フリーランス状態であれば、合う有用な批評家、キュレーター、法律家、コレクターをチーム組織していくべきである。(個人的なスポンサーを自力で持て、と言っている…イギリスはあるかもだけど日本の大多数の美術系大学には起業・経営の教育がカリキュラムにない中で語られると、かなり投げやり無責任である)

女性アーティストの落札価格の平均は男性の50%である


世界 Artnet落札額100位までのアーティスト 女性の人数は増えてきた(例 草間彌生 シンディーシャーマンetc) NYの商業ギャラリー、東京の商業ギャラリーでも、女性アーティストの個展の数は増えてきている、女性のキュレイターも増えてはいるが、女性アーティストの選出には効果的には響いて居ない。


データ引用が複数あり:引けるどこのデータを引いても、女性アーティストの割合は30%(カナダ ホイットニー 、シンガポールで開かれたアジアビエンナーレ キュレーターの男女比や人選とは一致して居ない結果)
英語公用語圏の白人男性を除いた多国籍な人々と女性のアートワールドへの参加人数が増えた分、機会は微増した。現代アートビエンナーレ参加者は美術学生の20〜30%を占めている(学部生、院生比率は不明)
常設展コレクションにおける女性アーティストの作品の比率: 4% ( National Gallery of London ) しかも内容の質は不確実 意図的に収蔵していく必要がある。


Jacques Lacan のBig Other概念を用いて Big Other(社会のなかのArt Worldの中に継続した存在感を放ち、分裂して不規則に偏在する。口に出されない合意、決して疑問符を打たない暗黙の了解を守らされること、古い風景) 女性はBig Otherにおいて 余剰とされているNot all(不可視化させられている風景の一部)状態ではないか?

→ (私の受け取り:学歴が無ければRaw Art、Out sider art 伝統的手工芸の、女性間のみで継承されるようなマイナーな伝統芸能の領域がのこる?産業デザイン、IT、建築の場合を知ってみたくはある。
放置すればArt Worldはこのまま女性の可能性、女性にとって不公平な状況を無視して男性中心的な秩序の維持を続けるがファインアーツの場合は鑑賞教育、買い手に対する意識が見えないがどうか?力関係に対するコンプライアンスは?マイノリティ顧客の要望を汲むか、意図して導きをつくる必要があり、これだけヘイトが起きやすく、プロパガンダがあり、内向き志向ななかでは、特定の属性について意図的にポジティブな文化を作る目的を持ったある程度は呼応的な派閥が必要で、ある意味、国立大学の役目でもあるのでは?)

 

ポーランド美大、日本の美術予備校・美大に酷似。

例:ポーランド美大に対する調査
学生の男女比 女性7:男性3 教員の男女比は女性3:男性7 どの国にも良くある状況
スタジオ式、徒弟制、指導者と似た作風で似た経験、指導者と同じ考えの生徒を採り、似た者同士で研究チームを作る指導のやり方にする程、経年してから美術を続ける女性、美術業界に残る女性が残らない結果になっている。美術家のキャリアより結婚を選ぶか、一般企業就労を選ぶ。これは「予防的な差別」が敷かれた状態と言える、男性における師弟、父子的であることは可能だが、男性対女性である場合にはネガティブな関係性 mistress (愛人、売買春のイメージ)と繋がりかねないからである。

(私感 ポーランド美大、日本の美術予備校・美大にまじ酷似。s競争的かつ閉鎖的な空間では全ての人間は敵対的になりがちである。そんな話よりも市民社会に、文理を問わない学力の補完と向上に開いていて、弱さに対する福祉アクセスが速いことが先だろう。
父子的、母娘(子)的という解釈もなかなかステロタイプ?加えて、売買春はやはりネガティブ面と評価というところはやはりDeepwell氏の教育者としての倫理観においてラディカル寄りにはなりにくいってこと?)


世界中の美大に女性の教授と正規教員が少ないことによって、女性の継承、師弟関係のバリエーションを築ける風土が非常に乏しい。


世界中の美大に女性の教授と正規教員が少ないことによって、母と娘、母と子ら的なる師弟関係のバリエーションを築ける風土が非常に乏しい。

女性である事によって避けられないネガティブな経験を共有し、ダメージを検討する必要がある。
経済的な選択肢として子供を持つことが妨げられている、女性アーティストにとって出産はdisinsentiveである。女性アーティストの子供の人数は一人しか居ない事が多い。キャリアか子供か?選ばされるし、避けろとさえ言われる。それを超えて子供を持ちたければ、献身的な家族や経済的な助けの個人的な方法を見つけることが出来るはずであるし、出産子育ての状況を制作にダイレクトに出したフェミニストアーティスト達(図版を進める)
文脈もあるので、競争をやり抜いた藝大生のあなた方なら出来るはずだ。

(私感 
この話だけで聞いていると男性同士の師弟において起こりうる同性間の被害の問題が見落とされるため、不完全で、例え難関校でも学生を勝者扱いして選民意識を作るのはダメでは?)

イギリスから先生を招いてようやく話せるような事なのか…自分はシンポよりも事態を深刻に見ているし、実際に私立美大は更に駆け込み寺的な機能がいると考えているので語られた話は楽観的すぎて全く周回遅れにしか感じないが、何も語られないより100倍はマシ。 クィアアウトサイダーが全く珍しく無くなった今日、この傾向を応援したい。